「端島(軍艦島)上陸観光15年」―――(株)長崎経済研究所 主任研究員 杉本 士郎氏 (1月15日)
端島(軍艦島)は炭鉱が閉山されてから人の出入りができなかったが、2009年4月に上陸観光が解禁され、まもなく17年が経つ。一昨年の秋に「海に眠るダイヤモンド」というドラマが放送され、また映画の舞台にもなり、だんだんその知名度が上がっているが、端島自体にも魅力があると思っている。
端島はもともと小さな岩礁の島だったものを埋め立て等で大きくし、セメントが普及する前の明治時代に開発された工法「天川」を用いた護岸で取り囲んだうえで東京ドーム1.3個分程度の島にした。波風に直接晒される厳しい環境下、炭鉱施設や居住区が設けられ、移動するためだけでなく台風の際に波を逃がす用途で作られた地下トンネル、ドルフィン桟橋(初代は1954年、現在は3代目)、海水を用いるプール、対岸の野母崎半島からひく海底水道等、当時の最先端技術が使われた。日本で一番古い鉄筋コンクリートのアパートは有名。
島民の暮らしに関しては、パチンコ、映画館、寺、商店等、何でも揃っていて快適だった様。よく使われる有名な写真に映る地獄段(正式には宮ノ下階段)の頂上には神社もあった。端島銀座と呼ばれるエリアは大変賑わっており、新鮮な魚、野菜、すべてここで手に入ったとのこと。パンや菓子など、農村部では手に入らないものが端島で手に入るということで、行商人が端島に買い付けにくるほど。また島民の給料水準は高く、外商の取扱いも大きく、3種の神器(電気冷蔵庫、電気洗濯機、白黒テレビ)の普及率は100%だったとのこと。
しかし1974年の1月15日に閉山決定、島民はこの島を出て、端島は無人島となった。もう忘れられた島となっていたが、2000年代に世界遺産登録への運動が起き、2015年に炭鉱施設と「天川」護岸の2つが世界遺産登録された。これによって観光客は増加した。端島は天候によっては上陸できないが、その上陸できなかった観光客を合わせた端島全体の観光客数というのは、この15年間で300万人ほど。上陸できなかったお客様の不満を少しでも受け止めようじゃないかということで作られたのが資料館(公設のものは、2003年に野母崎町が設置し、2016年に長崎市が世界遺産登録を機にリニューアル。民間のものとして軍艦島デジタルミュージアムもある)。
軍艦島上陸観光クルーズに関しては、天候や制約の関係から、年間約30万人弱が限度かなと思われるが、上陸できても行動エリアが非常に限定されていて飽きられる懸念があるため、新たなルートが検討されているところ(整備基金への寄付を主目的としたプレミアムツアー等も検討。老朽化が激しい建物の保存が大きな課題になっているが、これらの対策等に150億円かかり、資金の調達はまだ道半ば)。本当に興味深い島なので、ぜひ上陸にチャレンジしていただきたい。
